非力動論に向けての新たな概念構成(文学作品による展開)
― 力み、焦り、体罰、いじめ、強制、圧迫感などから解放されるために ―

田嶋清一(東京福祉大学心理学部)

 昨年の発表は、非力動的動機理論(田嶋,2007,2013)の観点から、「フラストレーション現象とは、受け容れ難い事実に出会って、見通しが損なわれた状態、苦しみ(意外感、異物感)であり、それは気づきを促している」との理解に基づき、「強制されている」という言葉の背後にある被害者意識は、ある種の自己正当化であるとの認識を提示した。今回もその観点から関連諸概念を再考する。

1,プッシュするのではない、志との向き合い方
 心理臨床の領域においては、クライアントとの間で共感を得ることが、実現するべき大切な志である。しかし、そのような志の実現において、とかく力の概念が持ち込まれやすいことは、以下のように精神療法家の神田橋が指摘している。「共感というものをめざして、自分をプッシュしていくやり方は、よくないんだ」(神田橋,2000,p.15)、「共感を目指す聞き取りのコツは、共感しようと意識的に努力するのではなくて、自分の『思い込み』が崩壊するように、質問を工夫することです」(神田橋,1997,p.112)。このように、プッシュするのではない、志との向き合い方が求められている。
 しかし、志を実現する過程で、見通しが損なわれ、私たちが苦しんでいるとき、どう対処すればいいのか。従来のように、力の概念を持ち込んだ考え方では(例えば、欲求不満がたまる、ストレスをためない、という言い方では)、私たちの精神生活における苦しみを十分に受け止めることができない。苦しみを受け止め、力の概念を持ち込まないで、気づきや工夫で対処する新たな概念構成を、Lewin(1935)の言う具体例に基づいて考える。

2,単一事例に基づくLewinのガリレオ的方法「本質を見抜くことができるような具体例を提起すること」
 Lewin(1935)によれば、求めるべきは、できるだけ多くの歴史的諸事例の抽象的平均の参照ではなく、構造全体の決定因が最も明確に純粋に見分けられる事態を探し出すことである。なぜなら、ひとつの事例の証拠としての有効性は、その生起の頻度によっては評価できない。ゆえに、一回しか生じていない単一事例からさえも、私たちは法則をつかむことができるとして、事柄の本質を見抜くことができるような具体例の提起を求めている。

3,具体例による展開
 ダイナ・ショアの事例(田嶋,2013,p.9)で示されたように、自身を白人だと思い、黒人に差別感を持っていた彼女にとって、白人との間に生まれた肌の黒い子は、ショックからその子を殺し、自殺未遂をする契機になったが、同時に、受け容れ難い事実とその意味に気づく貴重な機会にもなっている。同様のフラストレーション現象の事例を、文学作品「続氷点」に見出すことができる。
 「自分はもっと暖かい人間のはずだった。もっと素直な人間のはずだった。その自分が一言も発しなかったのだ。自分でも不可解な心情だった。不可解だが、まさしく自分の心は、この海のように冷たく閉ざされていたのかも知れない。『陽子さん、ゆるして……』その一言には万感の思いがこめられていたはずである。しかし陽子は、素っ気なくその場を立ち去ったのだ。それは、石を投げ打つよりも冷酷な仕打ちではなかったか。そのような非情さが、一瞬に生ずるわけはない。自分の心の底には、いつからかそれはひそんでいたのだ。陽子は、小学校一年生の時、夏枝に首をしめられたことがあった。中学の卒業式には、用意した答辞を白紙にすりかえられた。そのことを陽子は決して人には告げなかった」「それは常に、自分を母より正しいとすることであった。相手より自分が正しいとする時、果たして人間はあたたかな思いやりを持てるものだろうか。自分を正しいと思うことによって、いつしか人を見下げる冷たさが、心の中に育ってきたのではないか」「自分の心の底にひそむ醜さが、きびしい大氷原を前にして、はじめてわかったような気がした」(三浦,1970,下pp.374-375)。受け容れ難い自身の言動に直面し、気づきを得た陽子は、雪道をうつむいたまま去って行った、生みの母、恵子の背に(おかあさん!ごめんなさい)と呼びかける思いを持つに至った。

  引用文献
神田橋條治(1997)対話精神療法の初心者への手引き 花クリニック神田橋研究会
神田橋條治(2000)治療のこころ 第八巻 花クリニック神田橋研究会
Lewin,K. (1935) パーソナリティの力学説 岩波書店
三浦綾子  (1970) 続氷点 角川文庫上下 角川書店
田嶋清一 (2007)自分と向き合う心理学 意志心理学入門 ディスカヴァー21
田嶋清一 (2013)フラストレーション現象の再吟味によって動機に関する「非力動的な考え方」とは何かを明確にする 理論心理学研究,2012・2013 , 1-14. 

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